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愛犬を中心に写真日記
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気管虚脱の手術から3年が過ぎて

ミルのことで頭がいっぱいで忘れていました。

マロンの記念すべき日を・・・・


我が家のワンコさん達のミル・パピ・マロンはペットショップやブリーダーさんから迎えました。
ポロンを引き取った5年半前までは赤ちゃんからいた生粋の末っ子だったマロンです。

その末っ子マロンが病魔に襲われたのは3歳になったばかりの頃
初夏のお散歩の途中に突然マロンの口から聞こえた『があーがあー』
翌日にその時の掛かり付けにておりた病名は気管虚脱
気管が虚脱する、一部分が細くなってしまう病気です。

そんな病名も症状も初めての経験だった私
それ以後の6年間の苦しみを想像することも出来ませんでした。

お散歩もおやつもおもちゃもダメ
興奮すると呼吸困難になるからでした。

失敗すると過呼吸から呼吸困難になり、何度も救急病院に走った日々
だけど酸素室に入りネブライザーをされることがストレスになり
余計に呼吸困難が酷くなることの方が多かったです。

ひとたび呼吸困難になると症状が治まるまでに数日間かかることもありました。

その頃はこの病気には内科的治療しかないと言われ
私が住んでいる関西では手術をしてくれる所はありませんでした。

春の終わりにはエアコンをいれて家の中は冷蔵庫状態。
症状が酷い時にはステロイド、そしてダイエット
これが出来る全ての事だと言われたけれど
若いマロンをこの苦しみから何とか解放させてやれないか

ネットでようやく見つけたのが東京のアトム動物病院の米澤先生

だけど掛かり付けでは外科的治療には積極的ではない
手術に疑問を感じているのがわかりました。
それに私も東京までマロンがもってくれるかという不安もあり
いたずらに月日は流れていきました。

そんな中でも冬には比較的過ごしやすく
お散歩にもドッグランにも行けたりしていました。

発病から5年が過ぎて迎えた冬は、呼吸がどうしても元に戻らない
来年の春は迎えられないと覚悟をしつつも
気管以外はどこも悪くないマロン
元気のよい盛りの3歳からの6年近くはいろんな事を我慢してきたマロン


掛かり付けとは縁を切り、独断でレントゲン撮影の画像も持たず
手遅れなら手術をしてもらえないので普通は前もって画像を先生に診てもらいます。

電話口で聞こえた米澤先生の優しい声だけを頼りに大阪から東京に向かったのが3年前の25日
手術不適合なら連れて帰る覚悟を決めていたつもりでしたが

初めて会った先生は優しい笑顔で迎えてくれて
レントゲン撮影ではすでに映らないくらいにペッタンコになったマロンの画像を前にして

『よく今まで生きてこれたね、大丈夫マロンは生命力のある子だから手術をしようね』

その時の嬉しさと感動は今も胸に刻まれています。

マロンは6年間の間に頸部から胸部へ虚脱が広がり
26日に頸部を2月2日の9歳のお誕生日に胸部の手術をしていただきました。


2度目の手術の後のマロン

マロン手術1


そしてブログに何度も登場している米澤先生とマロンの退院の時のツーショット

マロン手術2


息もたえだえで過ごした6年間
それまでの苦しみがまるで悪夢だったようなマロン

毎年、この日は米澤先生に感謝し
同じ大阪から手術に行かれて完治した経験から相談にのってもらったチーママ
チーちゃんのブログに出会っていなければ決心していなかったでしょう。
そして同じくマロンより先に手術されたラピス君

その後に手術したクッキーちゃん海君

同じ苦しみを共有した手術仲間と出会えたことも忘れません。

東京での長い入院生活の間に何度もお見舞いに行ってくれたらぶぱぱさん
リスクの高い胸部手術の日に面会に付き添ってくれたあんちゃん・あんちゃんパパさんとらぶぱぱさん。

遠い地からお守りと元気玉を送ってくれたお友達

マロンの手術に関わって下さった全ての人に感謝すべき日
3年経ってもマロンは6年間の沈黙を破る様に元気なシニアワン生活を送っています。

1月21日P1130850-005

1月21日P1130869-006

1月26日P1140082-010


今までと違うのは我が家は現在ミルの闘病生活のさなかにあること

そんな中で当たり前のようになってしまったマロンの元気な姿
毎年改めて感謝するマロンの手術記念日。

maronsannpo.jpg



マロンとの時間を大切にします。







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